世界を魅了するジャパンブランド 広島県の熊野筆

筆縦に熊野筆(毛筆用のもの)がたくさんつるされている様子
写真提供:広島県
大きさが様々な毛流れのきれいな熊野筆が並んでいる
写真提供:広島県

就職祝いに母からもらった1本の化粧筆。今まで使っていた筆とは比べ物にならない、「本物」を感じさせる質感。

肌に触れた瞬間の滑らかさはふわっと柔らかで、大げさに聞こえるかもしれませんが、一瞬にして自分の肌がきめ細かくなったような錯覚に陥りました。

以来、愛用している広島県安芸郡熊野町の「熊野筆」。

青空の下原爆ドームが佇んでいる
写真提供:広島県

最近では、アメリカ大統領一家が来日した際にも日本からの贈り物の一つとして選ばれたとか...

今や世界でも「Kumanofude」として広く知られるこの筆は、熊野町の歴史と人々の努力が詰まったまさにジャパンクオリティの結晶でした。

熊野が筆の街になるまで ~歴史に隠された熊野筆のサクセスストーリー~

緑の山々と畑
参照:ODAN

熊野町には筆の原材料になるものは、実は一切存在しません。

近隣の岡山県や島根県からだけでなく、海外からも原料を取り寄せ、筆をつくっています。

ではなぜ、熊野町で筆づくりが盛んになっていったのでしょうか。そのルーツを辿っていきましょう。

江戸 ~行商が生んだ筆との出会い~

行商が町家の前を歩いている白黒写真
参照:ODAN

18世紀末、熊野の人々は農業で生計を立てながら生活していましたが、それだけでは食べて行けず、農閑期には出稼ぎに出ていました。

というのも、熊野は元々平地が少なく、農地になる土地が著しく少なかったのです。

当時の吉野地方(奈良県)や紀州地方(和歌山県)へ出かけ、帰りに奈良や大阪、有馬(兵庫県)に寄り、筆や墨を仕入れて行商(売り歩き)しながら、熊野の地に戻る、この流れが熊野と筆が結びつきを持つきっかけとなりました。

江戸 ~筆づくりを学ぶ若きパイオニアたち~

毛筆用の美しい熊野筆が4本並んでいる
写真提供:広島県

その後、さらに全国に筆や墨の販売先が広島藩の工芸の推奨により広がっていき、いよいよ本格的な筆づくりに向けての技術習得が始まりました。

その中でも熊野出身の若者、佐々木為次・井上治平・乙丸常太の3名が、それぞれ筆づくりのノウハウを学びに派遣されたことは大きな転機となりました。

彼らが熊野に戻り、人々に技術を受け継いでいったことで、熊野の筆づくりは根付いていくこととなったのです。

明治⇒大正 ~すべての子どもたちに学びを…飛躍的な筆の発展~

毛筆で舞うという字を書いている様子
参照:ODAN

明治5年に日本最初の近代的学校制度を定めた「学制」が発せられると、身分や性別に関係なく学ぶことができるようになり、学校に行く子どもが増えました。

当時は筆記用具として筆が主に用いられていたため筆づくりの人口も増加し、今までにないより良い筆をと、筆の開発も進められていきました。

昭和時代を彷彿とさせる木目の椅子と机が並んでいる教室
参照:足成

そんな中、明治10年には第1回内国勧業博覧会(明治時代に近代産業発展を後押しする形で行われていた博覧会)で熊野筆が入賞したことで、全国にその名が知られていくようになりました。

その後、明治33年に義務教育が4年間になり、さらに大正に入ると通学率も9割を超え、学校教育とともに筆の需要が伸びていくことになったのです。

近代産業が発展していくにつれて他地域の筆産業が衰退していく一方で、熊野町は交通面でも不便な上に、他地域から孤立した状態で他の産業も入ってこなかったということがいい意味で要因となり、目覚ましく発展していきました。

ピンチをチャンスに!!熊野町民のアイデアが光る化粧筆の誕生

柔らかいピンクの布の上に2本熊野筆の化粧筆が並んでいる
写真提供:広島県

昭和11年には7000万本の筆をつくるまでに至りましたが、第二次世界大戦を機に、働き手が戦争に駆り出され、一時、筆づくりはほぼ凍結してしまいます。

また、戦争が終わって2年後、学校での習字教育が廃止された影響で、熊野の人々はどうにか筆産業を継続できないか考えを巡らせます。

そこで見出したのが「化粧筆」の存在でした。

江戸時代から平成に至るまでの熊野筆の年表熊野筆の歴史(筆者作成)

こうして現在でも親しまれる化粧筆が台頭し、昭和33年には文部省の学習指導要領に毛筆習字が復活したことから、熊野の筆産業は活気を取り戻していきます。

その後、昭和50年中国地方で最初の通商産業大臣(現在の経済産業大臣)により、伝統的工芸品の指定を受けました。

じゃけぇ熊野筆はすごいんよ!3つのキーワードで紐解く熊野筆の特徴

熊野筆には世界が認めるだけの特別な技術とオリジナリティが凝縮されています。

ここでは三つのキーワードを元に、熊野筆が持つ他にはない魅力を余すことなくご紹介します。

“姉も妹も筆つくる”女性職人が支えた筆づくり

着物姿の女性が後ろ姿でもみじの生い茂る森に佇んでいる白黒写真
参照:ODAN

日本ではまだまだ職人(職工)と聞くと、男性のイメージが根強く残っています。

しかし熊野筆の最大の特徴は他の筆産地と比べても圧倒的に女性の職人が多く、その数は3分の2以上とも言われていることです。

その理由として、元々農閑期の副業経営として発展したことから、主婦を中心とした女性労働者が家事や農業の傍ら内職として労働しやすかったという歴史があります。

全国でも珍しい女性職人の活躍は、日本の社会に新しい風をを巻き起こしました。

親から子へ 後継者が絶えることなく受け継がれる匠の技術

大人の手のひらに赤ちゃんの小さな掌が乗っている白黒写真
参照:ODAN

筆づくりには、経験と熟練が必要不可欠なのは言うまでもありません。

例えば筆の毛だけでも多種多様にあり、種類をしっかり見極め選別することもとても大変なことなのです。

最低3年から5年、名人級の技術を身に着けるためには10年以上の厳しい修業が要ります。

しかしながら、よっぽどのことがない限り、筆づくりはどこでも行えるという利点があります。

これは他に転業することなく筆産業を発展させた大きな要因です。

熊野の人々は早くから素晴らしい技術を他県で習得し、長い時間をかけて筆づくりに携わり、自分たちの家族に匠の技術を受け継いでいくことで、後継者を絶やさず筆産業を継続していったのです。

73の工程によって生み出されるジャパンクオリティ

筆縦に熊野筆(毛筆用のもの)がたくさんつるされている様子
写真提供:広島県

シカやタヌキや猫など獣毛の中から用途に合わせて毛の種類や量を選ぶところから始まり、熊野筆の工程は細かく分けると73もの工程に分けられます。

その中でも「盆混ぜ」は熊野筆の特徴的な製法で、熊野筆の大部分はこの製法を用いています。

「盆まぜ製法」では、寸切りした毛を、箱(盆)の中で乾燥したまま混ぜるので、毛が湿らず混じり具合がよく、弾力が出て、書きやすい筆になるという利点があり、小中学生の毛筆用の筆に適していると言われています。

また一度にたくさんの混毛を作れるという点でも支持されており、筆の大量生産を可能にしたことで、今日の熊野を全国生産量1位へ導きました。

洗っていいの?実は知らない化粧筆のお手入れ方法

ミュージカルアニーのような赤毛巻き毛の女性が美しくメイクをされて白い布をバックに横顔でポーズをとっている写真
参照:ODAN

今やハリウッドやパリコレのスタイリストやヘアメイクも注目し、現場でも使用している熊野の化粧筆ですが、実際購入し使ってみよう!となると、そのお手入れ方法が気になる方も多いのではないでしょうか。

「肌に直に触れるものだけれど、洗ってよいものか…」せっかく良いものを購入したからには長く大切に愛用したいのが本音です。

ここでは簡単に、化粧筆のお手入れ方法についてみていきましょう。

日々のお手入れ

毎日使い終わった後、手のひらで優しく粉を振るい落とすか、ティッシュの上で何度か優しく撫でておくだけで充分です。

やりすぎると毛が切れたり、ばさばさになり逆効果なのであくまでも優しく軽くがポイントです。

また、リップなど乾燥していないものは、ティッシュで優しくふき取っておくだけで十分です。

汚れやにおいが気になるとき

カラーパレットやリキッドファンデーション、化粧筆などプロのヘアメイクが使うような道具がおしゃれに散りばめられている写真
参照:ODAN

あまりにも使い込んで汚れやにおい、毛流れなどが気になるときは下記の重点的なケアもぜひ試してみてください。(あくまでも一つのお手入れ方法に過ぎないので使い込みすぎて劣化したものに関しては、買い替えも必要だと思います。

熊野筆のお手入れ方法

①桶にぬるま湯を用意し、毛にしっかり浸透させ、石鹸やシャンプー(なるべく無香料のもの)をぬるま湯に溶き、筆を軽くなじませる。(熊野筆専用のクリーナーもあります)

②根元から毛先に向かって押し出すような形で優しく汚れを引き出す。

③熱めのお湯を出し、振り洗いをする。石鹸成分が毛に残ってしまうと、逆に劣化の原因になるのでしっかり洗い落とす。

④根元から穂先に向かって櫛で溶かし毛流れを整える。

⑤タオルなどで水気を十分にとったら、風通しのよい日陰で乾燥。

毎日使うということが一番劣化を防ぐポイントにもなるそうなので、出し惜しみせず、日常的に熊野筆をどんどん使っていきましょう!

職人技を体験!ジャパンクオリティに触れる

最後に熊野筆をもっと深く知れる体験型ミュージアムをご紹介します。

筆の里工房と書かれた岩の看板と建物の様子
写真提供:広島県

筆をもっと身近に感じる 筆の里工房で筆づくり体験

筆の里工房では、熊野筆に関する展示や実際に熊野筆を購入できるだけでなく、事前申し込みをすれば筆づくりの一部を体験することができます。(体験料:3,500円)

筆の里工房の内観で大きな筆が柱のように立っている様子
写真提供:広島県

筆の軸に名前を彫刻することもできるので、オリジナルの1本を作り、ジャパンクオリティを身近に感じてみませんか?

公式WEB:筆の里工房

住所:広島県安芸郡熊野町中溝5-17-1
TEL:082-855-3010
開館時間:10:00〜17:00 (入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始 ※臨時休館あり
入館料:大人800円(600円)・小中高生250円(200円)・未就学児無料
※カッコ内は20名以上の団体料金
※毎年5月5日は小中学生の入館無料

執筆:Honami

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