サブスクリプションの普及によって、音楽は指先ひとつで聴ける時代になりました。しかし、だからこそ「手間のある体験」に魅力を感じる人が増えています。レコードやフィルムカメラと並び、カセットテープもまた、その独特の存在感で静かに再評価されているのです。
かつて、カセットは多くの家庭で日常的に使われていました。たとえば、音楽好きな家族のもとで育った世代にとっては、カーレディオから流れる音楽や、鉛筆でテープを巻き戻した記憶は、特別なものだったはずです。助手席で聞いた、タイトルも歌手名もわからないけれど、心に残っている曲。カセットにまつわる体験は、音と記憶とを静かに結びつけてくれていました。
カセットをオーディオに差し込み、ボタンを押して再生、早送り、巻き戻しをする。その一連の行為が、音楽と向き合う時間をより深いものにしてくれていたのです。そうした“触れる音楽体験”は、デジタルにはない身体的な喜びをもたらします。
一度は表舞台から姿を消したカセットテープですが、今だからこそ、その魅力に再び光が当たっています。
Z世代も惹かれる「レトロフューチャー」の美学

近年、1990年代から2000年代初頭にかけてのカルチャーが再評価されるなかで、カセットテープもまた注目を集めています。とくにZ世代と呼ばれる若者たちにとって、カセットは単なる“古いもの”ではなく、むしろ新鮮で個性的な存在です。
スマートフォンやクラウドに囲まれた日常のなかで、あえて不便で手のかかるものに惹かれる感覚。それは「レトロフューチャー」ともいえる価値観です。かつての近未来感を内包しながらも、現代のファッションやアートと調和するアイテムとして、カセットテープは静かなブームとなっています。
映画やドラマでも、カセットを手にした登場人物が象徴的に描かれる場面が増えてきました。再生ボタンを押すと同時に始まる物語。音と時間、記憶が重なるカセットは、視覚と聴覚の両方で“心に残るアイテム”として機能しているのです。
アートとしてのカセット──全面プリントが可能に
このような文化的背景のなか、2025年4月、株式会社磁気研究所が発表した「全面プリント対応カセットテープ」は、アナログメディアに新たな表現の可能性をもたらしています。
従来はラベルの一部にしか印刷できなかったカセット本体に、A面・B面の両面へフルボディでのグラフィックプリントが可能になりました。これにより、音楽作品としての機能だけでなく、ビジュアルアイテムとしての価値も高まっています。
アーティストやクリエイターにとって、楽曲とジャケットだけでなく、カセット本体そのものに思いを込めることができるようになったのです。これは、アートやファッションの一部としてカセットテープを楽しむ新しい文化の兆しともいえるでしょう。

このカセット制作サービスを手がけている、記録メディアの老舗企業・株式会社磁気研究所。秋葉原にルーツを持つ同社は、フロッピーディスクやUSBメモリなどの記録媒体で培った技術を活かし、カセットテープの製造から印刷、ダビング、梱包まですべてを国内の自社設備で一貫対応しています。WAVデータやCD-Rによる入稿にも対応している。音質だけでなく、パッケージや装丁まで含めた高い完成度を求めるクリエイターにとっても、ありがたい選択肢です。
音楽だけにとどまらず、ライブやイベント、展示会などでのグッズやギフトとしての活用も広がっています。
株式会社磁気研究所 (Magnetic Laboratories Co., Ltd)
公式サイト:https://www.mag-labo.com/
ノスタルジーを超える“アナログ”の可能性
音の質感と、巻き戻す時間──アナログ体験のリアリティ
カセットテープの魅力は、単なる懐かしさにとどまりません。そこには、デジタルにはない“時間と身体の感覚”が詰まっています。
たとえば、巻き戻すという行為ひとつにも意味があります。聴きたい曲に戻るためには、一度再生を止めて、ボタンを押す。巻き戻す音を聞きながら、待つ。ほんの数秒のこの“手間”が、音楽との距離を縮めてくれるのです。
音質においても、アナログならではの温かみがあります。わずかなノイズや歪み、テープ特有の質感が、楽曲に独自の深みを与えます。それは、完璧さとは異なる“味わい”であり、まるで記憶の中で再生される音のようでもあります。
「再生する」「巻き戻す」「停止する」といった一つ一つの動作が、音楽を“聴く”というよりも、“触れる”体験へと変えてくれるのです。
グッズ、特典、アートワーク──新しい使い方の広がり
カセットテープは今、音楽を届ける手段であると同時に、自己表現やブランド構築のツールとしても活用されています。
ライブの物販で限定カセットを販売したり、インディーズアーティストがファンへのお礼として贈ったり。CDや配信にはない“唯一性”が、カセットには宿っています。
さらに、全面プリントによってデザインの自由度が高まったことで、カセットそのものが小さなキャンバスとして機能しています。アートワークの一部として、空間に飾られることも増えてきました。
これは音楽を“所有する”ことの意味を再発見する流れでもあります。サブスクリプションでは味わえない、パッケージや手触り、装丁を含めた“作品としての音楽”。それを手に取って、聴いて、誰かに渡す。そんな体験が、アナログメディアの新しい価値として広がっているのです。
“懐かしさ”だけじゃない。これからのカセットテープ
カセットテープは、ノスタルジーの象徴としてだけ語られる時代を越え、新たな価値を携えて私たちの前に現れています。その存在は、単なる回顧ではなく、未来に向けた文化の選択肢のひとつとして注目されています。
アナログメディアは、「大切に長く使う」という文化的な視点からも、サステナブルな価値観と共鳴しています。使い捨てではなく、所有し、愛着をもって手元に置く。そんな“持つこと”に重きをおくスタイルは、デジタルでは得られない“関係性の持続”を生み出します。
カセットは再生して、巻き戻して、また聴く。その繰り返しの中に、音楽と寄り添う時間が育まれます。
また、カセットテープは「語れるアイテム」としての力も持っています。ストリートカルチャーやZINE文化との親和性も高く、自分だけの音楽、自分だけのパッケージを持つことが、スタイルの一部として機能しています。
実際に、「贈り物にカセットを使うのも素敵だと思います」と語る人もいます。そこには、かつて家族と車で聴いた音楽、助手席で感じた遠出の高揚感、知らないアーティストの名も知らない曲たちと出会った記憶が、静かに息づいています。
手間をかけることに価値を見出し、デジタルでは表現しきれない温もりを重視する時代。そんな今だからこそ、カセットテープは新しい表現のメディアとして、再び輝きを取り戻しているのです。
サブスク全盛の今、あえてカセットテープが注目を集めています。
カセットは、音楽を「ただ聴く」だけでなく、「触れる」「巻き戻す」といった身体感覚とともに体験するメディア。デジタルでは得られない温もりと時間の重みを感じることができます。
Z世代の間では、90年代カルチャーへの憧れや“レトロフューチャー”な感性と相まって、カセットはファッションアイテムとしても再評価されています。
「手間のある贅沢」を楽しむ今だからこそ、カセットテープは懐かしさを越え、新しい文化の象徴として輝きはじめています。