「シンドラーのリスト」ハリウッドで映画化、そしてアカデミー賞受賞
多くのユダヤ人を救ったシンドラーの物語はユダヤ系アメリカ人であり、ハリウッド映画界の巨匠でもあるスティーヴン・スピルバーグによって1993年に「シンドラーのリスト」として映画化されている。第66回アカデミー賞では12部門にノミネート、そのうち作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、作曲賞の7部門を受賞した。
スピルバーグ監督は約10年の構想を経て、この映画の制作に着手している。映画はほぼ全編モノクロで、手持ちカメラを多用した撮影により、まるでドキュメンタリーのようなリアルな世界にひきこまれる。
作中の赤い服の女の子が登場するシーンでは「パートカラー」という手法によって、モノクロの映像の中で鮮やかな赤色だけが強調されたシーンはとても印象的だ。
この映画「シンドラーのリスト」によって、約1200人のユダヤ人を救ったドイツ人実業家オスカー・シンドラーの名は世界に注目された。
一方で、この狂気の時代に極東島国日本の一人の外交官であった「杉原千畝」の勇気ある行動によって約6000人ものユダヤ人の命が同じく救われた事実は、これほど広くはまだ世界に知られていない。
次回に続きます:杉原千畝「命のビザ」発給の舞台リトアニアへ 第二次世界大戦が迫る欧州/日本のシンドラー「杉原千畝物語」(3)
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文/ガイドアメディア編集部
編集:Taro
近代音楽史の研究を長年つづけております。研究者であり、ジャーナリストではありません。