第25回本格ミステリ大賞、逸木裕『彼女が探偵でなければ』が小説部門で受賞

小説『彼女が探偵でなければ』(逸木裕 著)の書影。公園のベンチに腰掛けて思索する女性の横顔が描かれた装画(イラスト:げみ)。

真実をめぐる静かな問い──探偵・森田みどりの物語、ここに到達

2025年5月9日、「第25回本格ミステリ大賞」の小説部門において、逸木裕氏の『彼女が探偵でなければ』(KADOKAWA刊)が選出された。本作は、現代ミステリ界において静かに、しかし確かな存在感を放ち続けてきた〈探偵みどりシリーズ〉の最新作。探偵としての職能と人としての葛藤を見つめ直す連作短編集であり、作者自身の創作の到達点とも言える一冊である。

物語に織り込まれた豊かな人間描写と、緻密な構成による謎解き。真実を明かすことの意味を問う本作が、いま広く読者の共感と評価を集めている。

1分でわかるこの記事
  • 第25回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞したのは、逸木裕『彼女が探偵でなければ』(KADOKAWA刊)。
  • 主人公は〈探偵みどりシリーズ〉で描かれてきた探偵・森田みどり。今作では「真実とどう向き合うか」を静かに問いかける。
  • 5つの短編からなる連作で、「真実は誰かを救うのか、それとも傷つけるのか」というテーマに深く迫る。
  • 書評家や本格ミステリ作家からも高評価。リアルサウンド認定ミステリーベスト10では2024年度第1位に選出。
  • 現在、収録作「時の子」がKADOKAWA公式noteで期間限定全文公開中。
  • 書影イラストはげみ氏、装丁は原田郁麻氏が担当。

探偵・森田みどりの物語がたどり着いた到達点

主人公・森田みどりは、逸木裕氏のデビュー作『虹を待つ彼女』で初登場して以来、長くシリーズを牽引してきたキャラクターである。高校生としての瑞々しい視点から始まり、やがて母となり、部下を抱える大人の探偵へと成長した彼女の姿は、シリーズを通して描かれてきた「変化する探偵像」の象徴でもある。

『彼女が探偵でなければ』では、みどりが子どもたちの抱える複雑な問題に真正面から向き合う姿が描かれる。父を亡くした少年、千里眼を持つという少年、父親を殺したいという衝動に駆られる少年――物語に登場する彼らとの対話は、単なる事件解決ではなく、“真実”と“赦し”をめぐる深い問いかけへとつながっていく。

作品の魅力──連作短編に込められた人間ドラマ

本作に収録されているのは、「時の子」「縞馬のコード」「陸橋の向こう側」「太陽は引き裂かれて」「探偵の子」の5編。それぞれが独立した短編でありながら、シリーズとしての一貫したテーマを貫いており、“子ども”と“真実”の関係性を通して、登場人物たちの内面を丁寧に描き出している。

「真実を明かすこと」が必ずしも救いとは限らないという視点は、作品全体を貫く重要なモチーフとなっている。探偵・みどりが、それでもなお真実と向き合おうとする姿は、読む者に強く訴えかける。

現在、収録短編のひとつ「時の子」が 期間限定で全文無料公開中。作品の世界観を体験したい方は、以下のリンクから読むことができる。
🔗 『時の子』全文特別公開(KADOKAWA公式note)

書評家・読者が絶賛する“真実を追う者”の姿

本作は、書評家・杉江松恋氏、千街晶之氏、若林踏氏の三名が選評を担当した「リアルサウンド認定 2024年度国内ミステリーベスト10」において第1位に選ばれた。杉江氏は「物語の情動と謎の関心が見事に合致している」と評し、千街氏は「これぞ完璧なミステリだ」と評価している。

本格ミステリ作家・阿津川辰海氏は「探偵は向き合う。現代の空白に、少年たち(ぼくら)の心の空白に。みどり、また一段と良い探偵になったじゃないか」と推薦の言葉を寄せている。全国の読者からも共感の声が相次ぎ、多くの読者から高い共感と評価を集めている。

シリーズとともに歩む、作家・逸木裕の軌跡

『彼女が探偵でなければ』著者・逸木裕のポートレート。緑あふれる屋外で撮影(撮影:古本麻由未)。
撮影/古本麻由未

逸木裕氏は、2016年『虹を待つ彼女』で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビューした作家である。
デビュー作に登場した森田みどりの物語を、2022年の『五つの季節に探偵は』(第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞作収録)へと紡ぎ、シリーズを通じて探偵像の深化を試みてきた。

1980年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。フリーランスのウェブエンジニア業の傍ら、小説を執筆。
2024年刊行の『彼女が探偵でなければ』では、リアルサウンド認定2024年度国内ミステリーベスト10第1位を獲得し、今回の本格ミステリ大賞を受賞。これにより、探偵みどりシリーズは“四冠”を達成した。

他の著書に、『少女は夜を綴らない』『星空の16進数』『銀色の国』『空想クラブ』『四重奏』などがある。

今回の受賞にあたり、逸木氏は次のようにコメントしている。

本作の主人公である森田みどりは、私がデビュー作からずっと書き続けている職業探偵です。社会人であり家庭人でもありながら、それでも探偵であるという宿痾から逃れられない彼女を通じて、私も色々な景色を見させてもらいました。今後もより優れた作品を目指し、本賞に恩返しできればと思っております。本当にありがとうございました。

逸木 裕

受賞を機に広がる“探偵みどり”の世界

この受賞により、“探偵みどりシリーズ”は、横溝正史ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、リアルサウンド認定ベスト10第1位に続く「四冠」となった。

本作の装画はイラストレーター・げみ氏、装丁は原田郁麻氏が手がけ、作品の世界観を美しく視覚化している。

真実を暴くことの意義と、それがもたらす代償。それでも真実を求める探偵・みどりの姿は、時代の変化とともに読者の心に静かに浸透し続けている。

真実をめぐる問いの中で──探偵とは、正義とは何か

探偵とは何か。真実を暴く者か、守る者か。

古今東西の探偵たちは、隠された真実を突き止め、悪を白日の下に晒す存在として描かれてきた。シャーロック・ホームズ、大岡越前、そして「真実はいつも一つ」の名台詞で知られる名探偵コナンもまた、その系譜に連なる。

だが、コナン自身も「推理で犯人を追い詰めて自殺させるような探偵は、殺人犯と変わらない」と悔いを口にしたことがある。正しさを盾にすることの暴力性。真実が時に、人を救うどころか壊す力を持ってしまうこと。

私は『彼女が探偵でなければ』を読みながら、まさにこの問題と静かに向き合うことになった。

真実を知ることは、常に善なのだろうか。時に、知らないほうが心穏やかでいられることもある。優しい嘘によって守られている平穏もあるだろう。逆に、悲しいけれど、真実を知ってこそ輝くこともある。映画などでよくある余命宣告を受けた主人公が変化していく物語のように。

現代のSNS社会では、真実という名のもとに人々が他者を攻撃する場面も見受けられる。陰謀論や誤情報が飛び交い、「真実はこうだったんだ!裁かれるべきだ!」といった声が正義として扱われることもある。

真実は何か?真実は不変か?誰にとっての真実か?真実を暴き、示しつけることが果たして最高の正義なのか?

『彼女が探偵でなければ』は、探偵小説の枠を超えて、真実と向き合うということの難しさを静かに示してくれる。
あとはその問いを、私たちがどう受け取るかだ。

本格ミステリ大賞とは
本格ミステリ大賞は、2001年に創設された文学賞で、本格ミステリ作家クラブが主催しています。例年5月に開票式が行われ、クラブ会員の記名投票によってその年の大賞作品が選出されます。

公式X:@honkakumystery
公式サイト:honkaku.com

書誌情報(公式)
小説『彼女が探偵でなければ』(逸木裕 著)の帯付き書影。公園のベンチに座る女性が描かれた装画に、「わたしは探偵をやめていただろうか」の帯コピーが加わっている。装画:げみ。帯推薦:阿津川辰海。
  • 書名:『彼女が探偵でなければ』
  • 著者:逸木 裕(いつき ゆう)
  • 発売日:2024年9月28日(土)※電子書籍同日配信
  • 定価:1,980円(本体1,800円+税)
  • 判型・体裁:四六判並製/単行本
  • 頁数:336ページ
  • ISBN:978-4-04-113477-1
  • 発行:株式会社KADOKAWA
  • 装画:げみ
  • 装丁:原田郁麻
  • 収録作品:時の子/縞馬のコード/陸橋の向こう側/太陽は引き裂かれて/探偵の子
  • 初出:
    • 時の子:『小説 野性時代』特別編集 2023年冬号
    • 陸橋の向こう側:同 2022年冬号
    • その他3編は書き下ろし
  • 書誌情報ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322211000502/

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Taro Okazaki
「Guidoor Media」の立ち上げに携わり、日本の文化・歴史・観光を中心に執筆。オーストラリアでの出版社や教育機関での勤務経験を経て培った国際的な視点を活かし、日本の多様な魅力を国内外に発信しています。 文章では、地域の魅力を分かりやすく伝えることを心がけ、アートでは感情や記憶を色彩と形で表現しています。 趣味はVtuber、アニメ、音楽など。日々の好きなものが創作の原動力になっています。