世界では分断や社会不安が広がり、人々の未来への希望が揺らいでいます。戦争や経済格差、レイシズムや排外主義が台頭し、国際社会に暗い影を落としています。そうした中で、国境を越えて人の命を守る取り組みは、私たちに「人としての可能性」を思い起こさせてくれます。
2025年8月、東京で開催されたハイレベルイベントでゲイツ財団のビル・ゲイツ氏が登壇し、日本の研究と科学技術が世界の健康課題解決に果たす役割を強調しました。結核や母子保健をはじめとする分野で、日本の研究成果はすでにアフリカやアジアの現場で活用され、多くの命を救っています。
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ゲイツ財団とTICAD 9 ― 日本が注目される理由

2025年に横浜で開催される第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)を前に、東京で「Innovation in Action: Harnessing Japan’s R&D Potential for Global Health」と題したハイレベルイベントが開かれました。AMED(日本医療研究開発機構)やGHIT Fund(グローバルヘルス技術振興基金)の後援のもと、官民・学術界から300名以上が参加し、日本の研究成果とその国際的な貢献が議論されました。
ゲイツ氏が特に強調したのは「母子保健」と「感染症対策」の重要性です。妊産婦や子どもの健康を守ることは、その国の未来を守ることでもあります。また、マラリアや結核といった感染症対策は、医療だけでなく貧困削減とも直結する取り組みです。健康が改善されれば人々は教育や労働の機会を得やすくなり、社会全体の経済基盤が強化されるからです。
日本はこれまでも、結核治療薬やHIV向けの抗レトロウイルス薬、携帯型のAI X線装置、長期効果のある蚊帳といった研究成果を通じて国際社会に貢献してきました。ゲイツ氏は、これらの具体的なイノベーションを挙げつつ、日本の科学がグローバルヘルスの未来に果たす役割を高く評価しました。
日本発の研究がもたらした具体的成果

日本のライフサイエンス研究は、世界の現場で実際に役立つ「命を救う技術」として成果をあげています。ゲイツ財団が強調したのは、単なる基礎研究にとどまらず、実用化されて現地で使われている点でした。ここでは代表的な事例を見ていきます。
結核治療薬と携帯型AI X線装置
結核は依然として世界で大きな死亡原因のひとつです。日本で開発された新しい結核治療薬は100カ国以上で使用され、新たな治療法の開発も進んでいる。また、現場の診断を支えているのが「携帯型AI X線装置」です。これは小型で電源が限られる地域でも使用できるAI搭載の携帯型X線装置で、命を守る最前線で活躍しています。
HIV治療薬と長期効果の蚊帳
HIVへの対策も日本の研究が支えています。日本の製薬研究に基づく抗レトロウイルス薬は、世界で2,500万人以上が利用している。また、マラリア対策に欠かせない「蚊帳」も、日本の技術で進化しています。長期的に効果を維持できる薬剤を織り込んだ蚊帳は、80カ国以上に約3億枚が配布されています。
顧みられない熱帯病(NTD)と未来への投資

結核やHIVのように国際的な注目を集める病気がある一方で、現地の人々にとっては深刻でありながら、研究や投資が不足しがちな病気も存在します。それが「顧みられない熱帯病(NTD: Neglected Tropical Diseases)」です。寄生虫疾患や皮膚疾患など、主に熱帯地域で流行するNTDは、数億人に影響を及ぼしていますが、先進国では患者数が少ないため十分な研究資金が集まりにくいのが現状です。


1994年から2022年にかけて、「顧みられない熱帯病(NTDs)」の研究開発に約1,000億ドルが投資され、2040年までに50兆ドルの経済効果をもたらし、4,000万人以上の命を救うと推計。(出典:Impact for Global Health試算)
日本はこのNTD分野でも重要な役割を果たしてきました。大学や研究機関が新しい診断技術やワクチン候補を開発し、国際機関や現地医療機関と連携して臨床研究を進めています。ゲイツ財団もこうした取り組みに資金を提供し、世界規模での成果を広げてきました。
薬剤投与プログラムの拡大や、新たな治療法の模索は、患者の生活の質を改善するだけでなく、地域全体の労働力や教育機会を守ることにつながります。
このように、NTD研究は単に病気を治すだけではなく、貧困削減や社会の安定に直結する「未来への投資」なのです。ゲイツ財団が繰り返し強調するのも、健康改善が人々の生活基盤を支え、国の持続的な発展に不可欠だという点です。日本の研究はその中核を担い、世界の最も困難な地域で希望を生み出しています。
分断の時代に示す「人としての可能性」

「日本は常に、グローバル化した世界における共通の利益を考えてきました。パンデミック対策などの課題に関する日本の発信は、極めて大切なものです。」
ゲイツ財団 議長 ビル・ゲイツ
ゲイツ氏は、過去数十年で5歳未満で死亡する子どもの数が半減した背景に、ワクチンや治療の開発と普及があったことを強調した上で、次のようにも述べています。
「研究全般に十分な資金が投じられているとは言えません。研究への投資は、それを担う企業の枠を超えて、はるかに大きな成果をもたらします。社会全体にとっての利益は計り知れず、とりわけグローバルヘルス分野においては、人類にもたらす恩恵が極めて大きいのです。」
ゲイツ財団 議長 ビル・ゲイツ
現代の世界は、分断の影を色濃くしています。経済格差、移民・難民をめぐる対立、民族や宗教をめぐる衝突、さらにはSNSで加速するレイシズムや排外主義。日本国内においても、外国人労働者やマイノリティをめぐる緊張が社会課題として浮き彫りになっています。未来への不安は若者だけでなく、多くの世代に重くのしかかっています。
そうした時代にあって、ゲイツ財団が語った「日本の研究が世界の健康を支える」というメッセージは、単なる科学技術の評価にとどまりません。それは「人は他者の命を守るために協力できる」という事実を再確認させてくれる希望の証しです。
科学は政治や思想の壁を超えて共有され、そこにあるのは「命を守りたい」という純粋な意志です。世界に不安が広がる今だからこそ、日本の研究と国際協力が示す「善の力」は、未来に希望を描く手がかりとなります。
日本から生まれた科学が、世界の最前線で命を守り、未来を切り拓いている──その事実を知ることは、私たち自身に「まだできることがある」という勇気を与えてくれるのではないでしょうか。
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