歴史に名を残すふたりの巨星──探偵小説の先駆者・江戸川乱歩と、「命のビザ」で知られる外交官・杉原千畝。もしも彼らが学生時代に出会っていたら? そんな大胆な発想から生まれたのが、青柳碧人の長編小説『乱歩と千畝─RAMPOとSEMPO─』です。史実を下敷きにしながら紡がれる本作は、時代と友情、そして生きる選択を描く“もうひとつの昭和”の物語です。
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“交差しなかったふたり”が物語になる──『乱歩と千畝』が描く仮想の青春譚


江戸川乱歩と杉原千畝、学生時代の“もしも”から

『乱歩と千畝─RAMPOとSEMPO─』は、探偵小説の巨匠・江戸川乱歩と、第二次大戦中に“命のビザ”を発給した外交官・杉原千畝。時代を象徴するふたりが、もし学生時代に出会っていたら――そんな大胆な仮定をもとに構成された歴史小説だ。
舞台は明治末から大正期の早稲田や浅草。当時の学生たちに親しまれた三朝庵のような実在の店が登場し、物語に時代の質感を添えている。ふたりは実際に、旧制愛知五中(現・瑞陵高校)や早稲田大学に在籍していたという接点もあり、フィクションに現実の輪郭が重ねられていく。
物語では、乱歩が文学を志し、千畝が外交の道を模索するなかで交わされる対話を軸に、若者としての揺れ動く心情や、それぞれの未来が仄かに示唆されていく。実在の人物たちを軸にした“青春の物語”としての魅力が、そこにはある。
時代の分岐点で選んだ道──外交官として、作家としてふたりの生き方が描く昭和の肖像

小説『乱歩と千畝』では、若き日の出会いが描かれたふたりが、やがてそれぞれの道を歩み出す姿が丁寧に描かれていく。江戸川乱歩は、探偵小説の確立と普及に尽力し、日本探偵作家クラブ(のちの日本推理作家協会)の設立にも関わった人物だ。文学を大衆に開くことを志し、戦後にかけてその存在感を強めていった。
一方の杉原千畝は、リトアニア・カウナスの日本領事館に勤務していた1940年、迫害を逃れようとするユダヤ人たちに対し、日本政府の方針に反してビザを発給したことで知られる。いわゆる“命のビザ”である。
作品では、ふたりの視点や行動が交錯する形で描かれており、それぞれの「決断」に至るまでの過程や迷いが、虚構と史実のあいだで静かに重ねられていく。物語は、ふたりの交流だけにとどまらず、その周囲に存在したさまざまな人物たちにも光を当て、昭和という時代の表情を立体的に映し出している。
著者紹介──青柳碧人

『乱歩と千畝』の著者・青柳碧人(あおやぎ あいと)氏は、1980年千葉県生まれ。早稲田大学を卒業し、2009年に『浜村渚の計算ノート』で作家デビューを果たした。軽妙な語り口と論理性をあわせ持ち、読みやすくひねりの効いた作品を数多く手がけている。『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は本屋大賞にもノミネートされ、幅広い層にその名を知られるようになった。
Netflixで映像化された『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』をはじめとし、「西川麻子シリーズ」や「猫河原家の人びとシリーズ」など、ジャンルを横断した作品を発表。ユーモアと知性を兼ね備えた作風が多くの読者を惹きつけている。
本作『乱歩と千畝』では、これまでの軽快なスタイルを抑え、人物や時代を静かに掘り下げる筆致が印象的だ。異なる価値観を持つ人物同士の交流を、誇張なく描いている点に、著者の新たな試みが見てとれる。
世界観を形づくる書き下ろし挿画と推薦文
装画 漫画家・鳩山郁子
作品には、登場人物や舞台背景を視覚的に伝えるイラストも添えられている。手がけたのは、漫画家・鳩山郁子氏。1987年「ガロ」での入選以降、少年の儚さと美しさを繊細かつ理知的に描く作風で知られる作家だ。これまでに『月にひらく襟』『カストラチュラ』などを刊行し、青柳氏の著書『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』の装画も担当している。
挿画は本文に直接関わる形ではないものの、作品の世界観に柔らかな奥行きをもたらしており、読む前の導入や読後の余韻を支える要素となっている。
直木賞作家・門井慶喜氏によるメッセージ
さらに本作には、直木賞作家・門井慶喜氏によるメッセージも寄せられている。歴史小説の執筆で知られる門井氏は、「読後の印象ののびやかさ、ふところの広さは格別」とし、「青柳碧人はこの一作によって、いきなり歴史小説の大物となった」と高く評価している。
これまで“明るく軽快なミステリー作家”として広く知られてきた青柳氏が、あえてその手法を封じ、人物の静かな情動と時代の陰影を紡ぎ出したこと。その挑戦が、同じ歴史作家からの信頼によって裏打ちされている点にも、本作の深みがある。
杉原千畝のことを、もう少し知りたくなったら
フィクションを読み終えて、史実の杉原千畝にも興味を持った方には、Guidoor Mediaの過去記事をおすすめします。
杉原千畝ストーリー|日本のシンドラーと呼ばれた外交官
外交官としての決断と、その後の人生を追った読み応えのあるシリーズです。
杉原千畝タグページ
杉原千畝物語シリーズなど、杉原にまつわるさまざまな記事が揃っています。
こんな時代だからこそ──作品から立ち上がる静かな問い

2025年は昭和100年・戦後80年という大きな節目の年にあたります。
乱歩の没後60年、杉原が“命のビザ”を発給してから85年という年でもあり、本作を通じてふたりの生きた時代に思いを馳せる機会にもなります。
世界では今も、ウクライナでの戦争やパレスチナをめぐる対立、貧富の格差、差別、権力の乱用など、平和とは言いがたい現実が続いています。私たちは歴史から何を学び、何を見逃してきたのでしょうか。
清廉でも崇高でもない、しかし他者を思いやることのできる人間という存在。その不完全さを抱えながら、次の世代に何を手渡せるのか。
こんな時代だからこそ、『乱歩と千畝』を手に取り、歴史を振り返ってみたい。
大学の先輩後輩、江戸川乱歩と杉原千畝。まだ何者でもない青年だったが、夢だけはあった。希望と不安を抱え、浅草の猥雑な路地を歩き語り合い、それぞれの道へ別れていく……。若き横溝正史や巨頭松岡洋右と出会い、新しい歴史を作り、互いの人生が交差しつつ感動の最終章へ。「真の友人はあなただけでしたよ」──泣ける傑作。
■ 書籍データ
【タイトル】乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO
【著者名】青柳碧人
【発売日】2025年5月14日
【造本】ハードカバー
【定価】2,420円(税込)
【ISBN】978-4-10-356271-9
【URL】https://www.shinchosha.co.jp/book/356271/
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