横須賀市田浦月見台住宅 |「天空の廃墟」が『住む・働く・創る』新たなコミュニティへとよみがえる

横須賀市田浦月見台住宅の再生プロジェクト。古い住宅地が新しいライフスタイルの拠点として蘇る様子を象徴する風景。

かつて「天空の廃墟」として一部で語られていた旧横須賀市営田浦月見台住宅が、今、全く新しい形で蘇ろうとしています。築60年以上の古い市営住宅は、その役割を終えた後、静かに時の流れに取り残されていました。

しかし、ここに新たな命を吹き込もうという動きが始まり、「住みながら働く」という新しいライフスタイルを目指すプロジェクトが注目を集めています。

静かに佇む平屋住宅群が今、クリエイティブな発想と新しいコミュニティを生み出す拠点へと進化しようとしています。

月見台住宅の新しい息吹 – 再生への第一歩

老朽化が進んだ月見台住宅の外観。再生プロジェクトが始まる前の状態。

横須賀市の「旧横須賀市営田浦月見台住宅」(以下、田浦月見台住宅)は、かつて地域の暮らしを支えていた築60年以上の平屋建て住宅群です。しかし、時代の流れとともに活気を失い、一部では「天空の廃墟」と呼ばれるまでに。その場所は、広大な敷地と静寂が広がる一方で、年月が刻まれ荒廃が見え隠れする風景となっていました。

最寄り駅「横須賀線田浦」からの坂道を登り切ると、1万4000㎡もの敷地に22棟、58戸の平屋住宅が整然と並ぶ光景が現れます。敷地内を走る3本の道が住宅群を結ぶ緑に囲まれた空間です。高台である敷地内からは長浦湾の穏やかな景色が視界に広がります。各棟同士の間隔は広く、当時としてはモダンな住環境を誇っていました。しかし、2022年に最後の入居者が退去して以来、無人の状態が続いていました。

その状況に新たな風を吹き込むため、2023年横須賀市は、まちづくり会社「エンジョイワークス」との連携による再生プロジェクトを始動しました。このプロジェクトのテーマは『ヴィンテージ&クリエイティヴ』。広大な空間を活かし、住みながら働くという新しいライフスタイルとコミュニティの拠点として再生を目指しています。

坂道の先に広がるこの古い住宅群が、再び人々の注目を集める場所へと生まれ変わろうとしています。

月見台住宅から見下ろした景色。緑に囲まれたエリアから長浦湾が望める。

歴史が息づく平屋群 – 田浦月見台住宅

田浦月見台住宅の見取り図。敷地内の建物配置や道路構造、建築年度、住戸数などを示した図面。
田浦月見台住宅の見取り図。(出典:横須賀市役所

1960年代日本の高度経済成長期に設立された市営住宅

月見台住宅の街並み。古い平屋建ての住宅群が並ぶ様子。静かな雰囲気と自然が調和したどこか懐かしい風景。

月見台住宅が誕生した1960年(昭和35年)は、日本が高度経済成長期に突入し、都市部の人口が急増していた時代です。このような背景のもと、国や自治体は都市化と核家族化に対応するため、近代的な住宅の整備に力を注いでいました。文化住宅と呼ばれる新しい住まいは、水洗トイレや風呂、洋風の間取りといった快適な設備を備えた近代的な住居として、多くの家族にとって憧れの存在でした。

月見台住宅もその一つで、横須賀市が戦後の帰還者向け住宅の需要を補完するためにも設立されました。高台に広がる自然豊かな環境を活かし、家族単位での暮らしに最適化された設計が特徴でした。平屋建て住宅はゆったりとした配置がされ、住戸間の適度な距離感が静かな暮らしを提供していました。当時としてはモダンな設計と快適な生活空間を提供したこの住宅地は、地域の労働者やその家族の生活基盤として機能し、多くの住民に親しまれていたのです。

また、当時の文化住宅は単に住まいとしてだけでなく、新しいライフスタイルを象徴する存在でもありました。月見台住宅もまた、そうした時代の変化を反映しながら、多くの家族にとって新しい暮らしを実現する場となっていました。

“天空の廃墟”と呼ばれるようになった理由

月見台住宅の庭先の風景。緑が生い茂る中、プロパンガスのタンクや古びた郵便受けなど住宅の細部が見える。

時代の変化とともに、多くの文化住宅がその役割を終えていったように、田浦月見台住宅も例外ではありませんでした。老朽化が進む建物は、現代の住宅基準やライフスタイルの変化に対応することが難しく、さらに人口減少や高齢化が進む中で、次第に居住者が減少していきました。2020年度には横須賀市が老朽化を理由に団地の廃止を決定し、2022年に最後の住民が退去。以降、田浦月見台住宅は無人となり、「天空の廃墟」としてネット上で注目を集めるようになります。

高台に位置し、周囲を豊かな自然に囲まれながらも放置された平屋住宅群は、幽玄な美しさを漂わせつつ、地域社会にとっては荒廃や安全面の懸念を生む存在となっていました。割れた窓ガラスなど老朽化した建物が目立つようになり、地域住民からも不安の声が上がりました。

しかし、月見台住宅には単なる廃墟にはない可能性が秘められていました。再生プロジェクトを担うエンジョイワークスは、横須賀市との官民連携のもと、『ヴィンテージ&クリエイティヴ』をテーマに掲げ、古いモノに新たな価値を見出す理念を持って再生プロジェクトをスタートさせました。このプロジェクトでは、住む場所と働く場所を一体化させた「なりわい住宅」という新たな形のライフスタイルを提案し、月見台住宅を「過去」と「未来」をつなぐ拠点として蘇らせることを目指しています。

単なる保存やリノベーションではなく、現代の暮らしに溶け込む先進的な活用を模索するこの取り組みは、地域社会に新たな可能性を生み出す挑戦でもあります。

「なりわい住宅」暮らしと創造が交差する空間

「なりわい住宅」は、田浦月見台住宅再生プロジェクトの核心ともいえるコンセプトです。この新しい形のライフスタイルは、単なる居住空間を超え、住むことと働くことを一体化した生活を提案しています。

自由な創造の場としての月見台住宅

月見台住宅では、入居者である「暮らしながら働く人々」が、それぞれのビジョンを形にできる柔軟な仕組みが整っています。住居の一部を改装し、レザークラフトや陶芸の工房、テイクアウトを中心とした飲食店、さらには古着店やアンティーク家具ショップなど、多様な活用が可能です。また、広い庭を活かして農業を行ったり、自然の仕組みを活用するパーマカルチャーの考え方を取り入れた店舗運営を実現したりすることも想定されています。

パーマカルチャーとは、自然の生態系を模倣し、資源を循環させながら持続可能なシステムを作るアプローチを指します。こうした考えを取り入れることで、単なる営利活動にとどまらず、地域や環境と調和した生活や商いを実現する可能性が広がります。月見台住宅のプロジェクトでは、こうした持続可能なライフスタイルを模索する場としても、注目されています。

地域全体の可能性を広げる新しい「つながり」

月見台住宅プロジェクトの中核には、新たなコミュニティ形成を目指す取り組みがあります。周辺には生活利便施設が少なく、坂道というアクセスの課題もありますが、敷地内にはドッグランや広場、ランドリー施設といった共用スペースが新たに設けられ、住民同士が日常生活の中で自然に交流を深められる環境が整備される予定です。これらの仕組みは、住むだけでなく、働き、創造する場所としての可能性を広げる大きな鍵となります。

また、マルシェやワークショップなど、地域内外から人々を引きつけるイベントも計画されています。こうした活動を通じて、月見台住宅は単なる居住地を超え、多様な人々が集い、新しいつながりを築く場として注目を集めています。

この独特の立地を活かし、都市の喧騒から離れた静けさと程よい利便性を兼ね備える、新しいライフスタイルの可能性を感じさせます。

未来へ – 再生から始まる新しいコミュニティ

現在、月見台住宅プロジェクトは、2025年7月のエリア全体のオープンを目指して進行中です。入居可能時期は早ければ2025年4月からとされており、希望者には2つの住戸をつなげるなど、柔軟な利用方法も提案されています。

最近開催された現地見学会には、多くの来場者が集まり、未来の「なりわい住宅」の可能性に触れる場となりました。フードトラックや地元野菜の販売、コーヒースタンドなども登場し、賑やかなイベントとなりました。実際に訪れた参加者からは、

  • 「実際に現地で説明を聞きながら街のイメージが湧いて、とても楽しかった」
  • 「想像以上にいい空間で夢が広がる。坂道は正直きつかったけれど、それがむしろこの場所の特別な価値を高めている」
  • 「独特の雰囲気があり、訪れるお客様にも楽しんでもらえそう」
  • 「やるかどうかは未定だったけれど、あまりにも空間が良すぎて気持ちが高まった」

と、その魅力が語られています。

これらの声からも、このプロジェクトが単なる住宅再生ではなく、新たなコミュニティとライフスタイルの拠点として期待されていることがわかります。

横須賀市営田浦月見台住宅が示す新しい未来の形

月見台住宅の再生プロジェクトは、単なる住宅再利用を超えた、新しいライフスタイルと価値観を提案しています。築60年以上の歴史を持つこの住宅地は、廃墟と化した過去を乗り越え、現代の多様なニーズに応える創造的な空間として蘇ろうとしています。このプロジェクトが目指すのは、古い建物を単に取り壊すのでもなく、文化財として保存するのでもなく、現代の生活に調和しながら新たな可能性を生み出す都市再生モデルです。

日本の多くの地域は、バブル期の過剰な開発やニュータウンの衰退といった、長年積み重ねられた課題を抱えています。田浦月見台住宅の再生プロジェクトは、こうした現実に対する一筋の希望として注目されています。『ヴィンテージ&クリエイティヴ』というテーマと、「なりわい住宅」というコンセプトを通じて、住む場所が単なる居住空間ではなく、人々がそれぞれの個性を活かし、新しい価値を共に築く場へと生まれ変わっています。

月見台住宅は、単なるリノベーションを超えた取り組みとして、今までにない新たなライフスタイルや、地域と人々をつなぐ価値創造の場を提供しています。この取り組みが地域再生の新たなモデルケースとなり、日本全国で同様の課題を解決するきっかけとなるかもしれません。

田浦月見台住宅プロジェクトの詳細については、以下の公式サイトや情報ページをご覧ください。

InstagramやLINEでは、プロジェクトの最新情報やイベントのお知らせを随時発信されています。

計画地情報

  • 名称:旧市営田浦月見台住宅
  • 所在地:横須賀市田浦町1丁目54番地ほか
  • 敷地面積:13,653㎡

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Taro Okazaki
大阪出身のライター・アーティスト。日本の文化・歴史・観光を中心に、Guidoor Media で執筆。オーストラリアで出版社、教育機関、コンサルティング企業等での勤務経験を経て、帰国後、同メディアの立ち上げに参加。海外経験で培った視点と深い知識に基づき、日本の多様な魅力を分かりやすく世界に発信している。 好きなもの: アート、Vtuber、お酒、音楽、コミック、アニメ