池田龍雄「BRAHMAN」の大作と向き合う——異質なものが調和する宇宙

池田龍雄《BRAHMAN 第9章 褶曲 A》(1986–87)アクリルほか、紙、パネル
池田龍雄 「BRAHMAN 第9章 褶曲 A」 1986-87 アクリル他、紙、パネル 181.5×273.0cm

2026年2月25日から3月10日まで、東京・ギャルリー東京ユマニテで「常設展|池田龍雄 BRAHMAN Gallery Collection」が開かれている。展示されているのは、池田龍雄(1928-2020)が15年をかけて取り組んだ《BRAHMAN》連作のうち、第9章「褶曲」シリーズを中心とする数点の作品。

2mを超える画面には、宇宙と生命の発生をめぐる池田の視覚的神話が強い密度とともに広がる。会期は今週末、会期は3月10日(火)まで。

BRAHMANとは何か——宇宙と生命への15年

「BRAHMAN」とはヒンドゥー哲学における宇宙の根本原理を指す言葉で、池田はこの概念を軸に1973年から1988年にかけて全10章・約300点に及ぶ連作を制作した。第1章「梵天」から始まり、「宇宙卵」「球体浮遊」「螺旋粒動」「点生」「気跡」「結象」「晶華」「褶曲」「場の相」と連なる各章は、それぞれが独立しながら互いに関連し、全体としてひとつの宇宙論を構成する。個々の作品が部分であり全体でもあるという東洋哲学的な思想が、連作の骨格を成している。

今展で中心を担う第9章「褶曲」は1986-87年の制作。アクリル他の混合技法で描かれた画面には、有機的な形態が重なり合い、生命体が生成・変容する様相が刻まれている。

版面に漲るもの——グラフィックと造形の交差

実際に作品の前に立つと、まず画面の密度に圧倒される。盛り上がるほどの造形的な版面は、絵画というより立体物に近い存在感を持ち、近づくほど細部の情報量が増す。グラフィックなアプローチ、ときにグラフィティー的とさえ言える構成の力強さは、単なる抽象絵画の文脈では収まらない。

そしてそこに漂うのが、異質なものの共存だ。有機と幾何、生と死、微細な生命体と無限の宇宙空間。それらがひとつの画面に並びながら、奇妙なほど自然に調和している。違和感がないのではなく、違和感がそのまま調和として機能しているような感覚だ。

15年をかけて制作された連作

《BRAHMAN》は、池田龍雄が1973年から1988年まで15年にわたって制作した連作で、全10章から成る。展覧会資料では、このシリーズについて「宇宙と生命体の発生と生々流転の様相」をテーマとした仕事と説明されている。

今回の展示は、その《BRAHMAN》連作のなかでも、1987年に画廊で発表された作品群をもとに構成されている。会場では、第9章「褶曲」シリーズより、《BRAHMAN 第9章 褶曲 A》《BRAHMAN 第9章 褶曲 C》《BRAHMAN 第9章 褶曲 F》が紹介されている。

特攻隊員として死の寸前に立った人間が、戦後の社会と格闘し続けた果てに辿り着いたのが、宇宙・生命・時間という普遍的なテーマだった。その軌跡を知ってBRAHMANの画面を見ると、造形的な迫力の奥に別の厚みが重なって見えてくる。

実際に作品の前に立つと、《BRAHMAN 第9章 褶曲 A》および《褶曲 C》はともに181.5×273.0cm、《褶曲 F》でも91.0×181.5cmあり、画面そのものが強い存在感を放っている。

印象的なのは、平面でありながら、どこか浮き上がるような物質感を備えていることだ。有機的な形態と幾何学的な構成、微細な生命を思わせる気配と広がりのある空間感覚が、一つの画面のなかで共存している。異なる要素が衝突するというより、それぞれの違いを保ったまま、一つの秩序のなかで響き合っているように見える。

池田龍雄の歩みと、《BRAHMAN》の背景

池田龍雄(1928-2020)は佐賀県生まれ。戦時中15歳で海軍航空隊に入り、17歳の時に特攻隊員として終戦を迎えている。1948年に美術の道を志して上京。多摩造形芸術専門学校(現多摩美術大学)に入学し、翌1949年には安部公房、岡本太郎、花田清輝らのアバンギャルド芸術運動に参加した。

1950年代初頭からは前衛的な立場で制作に取り組み、社会問題に取材したペン画によるルポルタージュ絵画で注目を集めた。その後は、絵画、オブジェ、自ら行うパフォーマンスなどへと活動を広げ、美術の枠を超えて舞台や映像の仕事にも携わっている。

2010年から2012年にかけては、山梨県立美術館、川崎市岡本太郎美術館、福岡県立美術館、原爆の図丸木美術館で大規模な回顧展が開催された。

さらに、2012-13年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)で開かれた「東京1955-1970 新しい前衛(Tokyo 1955-1970: A New Avant-Garde)」に作品が出品され、その時代の美術シーンを語るうえで欠かせない、戦後日本を代表する作家の一人として国際的にも再評価が進んだ。

初期作から晩年の仕事までを見渡すと、池田の関心が一貫して人間や生命、宇宙のあり方に向けられていたことがうかがえる。

展覧会情報

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Taro Okazaki
「Guidoor Media」の立ち上げに携わり、日本の文化・歴史・観光を中心に執筆。オーストラリアでの出版社や教育機関での勤務経験を経て培った国際的な視点を活かし、日本の多様な魅力を国内外に発信しています。 文章では、地域の魅力を分かりやすく伝えることを心がけ、アートでは感情や記憶を色彩と形で表現しています。 趣味はVtuber、アニメ、音楽など。日々の好きなものが創作の原動力になっています。