ミステリ界で最も注目を集める新人賞、江戸川乱歩賞。その第71回となる今回、最終候補作5作品が発表されました。昭和の時代から続くこの文学賞は、東野圭吾や薬丸岳らを輩出した“推理小説の登竜門”。書き下ろし長編という条件のもと、今年は400作以上の応募から選び抜かれた5作が、5月26日の受賞発表に向けて選考を受けています。本記事では、候補作一覧に加え、昨年の受賞作や乱歩賞の歩みにも触れながら、いま注目すべき物語たちを見つめていきます。
なお、2次予選通過作品についての予選委員の講評と、最終選考の結果および選考委員の選評は6月21日発売の「小説現代」7月号に掲載予定。
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江戸川乱歩賞とは?──“推理界最大の新人賞”の意味
江戸川乱歩賞は、日本推理作家協会が主催する長編ミステリ小説の新人賞であり、1955年に創設されて以来、70年近くの歴史を刻んできました。応募作は書き下ろしの長編(原稿用紙換算で350〜550枚)に限定され、完成原稿での勝負が求められるという厳しい条件のもと、毎年多くの挑戦者が集います。
歴代の受賞者には、西村京太郎、森村誠一、東野圭吾、薬丸岳、池井戸潤など、後に日本のミステリ界を代表する存在となった作家が名を連ねており、その“登竜門”としての意義は揺るぎないものです。
正賞は江戸川乱歩像、副賞として賞金500万円が授与されるほか、受賞作は講談社より書籍化され、全国書店に並ぶことになります。さらに、映像化や翻訳といった展開も視野に入り、多くの作家志望者にとって「プロとしての第一歩」を象徴する賞として位置づけられています。
応募作品数も年々増加しており、近年では毎年400作前後が集まるなど、ミステリというジャンルの根強い人気と創作熱を裏付けています。
2025年5月8日、日本推理作家協会は「第71回江戸川乱歩賞」の最終候補作5作品を発表しました。応募総数は402編。その中から選び抜かれた、いずれも書き下ろし長編による注目作です。
最終候補作品(著者名)
どの作品が選ばれるのかは、選考委員5名による議論を経て決定されます。選考を務めるのは、有栖川有栖、貫井徳郎(日本推理作家協会代表理事)、東野圭吾、湊かなえ、横関大(五十音順・敬称略)という実力派作家たち。
ジャンルやテーマの幅広さも注目に値します。ユニークなタイトルからは、正統派ミステリだけでなく、ユーモアや社会性、あるいは幻想性など、さまざまなスタイルが想像されます。発表は5月26日、受賞の行方に大きな期待が寄せられます。
注目ポイントはここ──候補作から見る「乱歩賞の現在地」
今回の最終候補作に並んだ5つのタイトルには、近年の江戸川乱歩賞に見られる“ジャンルの広がり”や“物語スタイルの多様性”が色濃く表れています。
たとえば、『殺し屋の営業術』という一見ユーモラスな題名は、タイトルだけで物語の仕掛けを想像させる力を持ち、読者に「どう展開するのか?」という好奇心を呼び起こします。また、『浚渫船は秘湯に浮かぶ』や『カーマ・ポリスの執行人』などは、舞台や語感に個性があり、ミステリという枠を越えて世界観にこだわった作品である可能性も感じさせます。
このように、ただ「謎を解く」だけでなく、ユニークな設定や語り口に重点を置いた応募作が増えてきた傾向は、乱歩賞がいまどんな作家を求めているかを映す鏡とも言えるでしょう。
選考委員には、有栖川有栖や湊かなえ、東野圭吾といった人気作家が並び、それぞれ異なる作風と読者層を持っています。こうした多彩な審査陣の存在が、選考に多様な視点を持ち込む背景にもなっていると言えるでしょう。
また、今年も受賞発表はYouTubeでライブ配信される予定で、会場に足を運べない読者や作家志望者にとってもアクセスしやすい仕組みとなっています。豊島区と連携した贈呈式も予定されており、地域と文化の共創という新しい価値も形になりつつあります。
2025年5月26日(月)14時から
日本推理作家協会の公式YouTubeチャンネルでライブ配信予定
昨年の第70回乱歩賞─ダブル受賞と最終選考に選ばれた物語たち
第70回江戸川乱歩賞は、記念すべき年にふさわしく、2作品同時の受賞という特別な結果となりました。
受賞したのは、日野瑛太郎『フェイク・マッスル』と、霜月流(応募時:東座莉一)『遊廓島心中譚』。
どちらもまったく異なる方向性ながら、完成度と可能性の両面から選考委員の高い評価を受けました。
『フェイク・マッスル』は、週刊誌記者が筋肉ドーピング疑惑に迫る“ユーモア・ミステリ”。
綾辻行人は「ノンストップで楽しませてくれた」、辻村深月は「テンポの良さと構成の巧みさ」を絶賛し、
湊かなえは「潜入取材シリーズとしても期待したい」と、作品の今後に広がる可能性を見出しています。
一方、『遊廓島心中譚』は幕末の横浜に実在した遊郭島を舞台にした時代ミステリ。
複雑な時代設定や観念的なテーマに挑んだ意欲作で、東野圭吾は「登場人物の心理に納得できない部分もあるが、魅力がある」と述べ、
貫井徳郎は「ミステリとして一番凝っていた」と、その構成と設定の力を高く評価しました。
選考では“改稿を前提とした評価”というかたちで授賞が決定され、作品の潜在力が問われた年でもありました。
また、残念ながら受賞に至らなかった他候補作も、魅力的な作品が集いました。
『容疑者ピカソ』は、美術、性加害、清掃業といった複数の要素を詰め込みつつ、現代的な題材に取り組んだ作品。
過密さや整理不足を指摘される一方で、東野圭吾は「主人公の動機に感心した」、湊かなえは「ラスト三行が惜しかったが、描写力には光るものがある」と言及しました。
『陽だまりのままでいて』は、女子高校生たちが謎に挑む学園本格ミステリ。
真保裕一は「唯一、登場人物の動機に無理がなかった」とし、辻村深月は「心情描写の熱量に好感を持った」と評価。
選評全体からは、“荒削りながらも伸びしろを感じさせる書き手たち”に対する選考委員の眼差しがにじみ出ています。
乱歩賞の選考は、「いま完成しているか」だけではなく、「これから作家としてどう伸びるか」までを見据えたプロセス。
第70回の結果は、それを端的に示した例であり、乱歩賞が“育成”と“期待”をともに担う新人賞であることを裏付けています。
そして第71回。いま選考を待つ5作品にもまた、それぞれの可能性が宿っています。
第71回江戸川乱歩賞、受賞作の行方は
江戸川乱歩賞は、書き手にとってはデビューの機会であり、読者にとってはこれから読むべき物語と出会う場でもあります。
第71回を迎えた今年、最終候補に選ばれた5作品は、それぞれが異なる視点や主題を持ち、いまの時代に応える力を備えています。
まだ内容は公表されていませんが、タイトルや作者名から、すでに読者の関心を集めつつあります。
5月26日の受賞発表を経て、どの作品が世に出るのか。
その一作が、これから多くの人に読まれていく物語になるかもしれません。
『Vintage Drift』(ジョウシャ カズヤ)
『浚渫船は秘湯に浮かぶ』(髙久 遠)
『殺し屋の営業術』(野宮 有)
『カーマ・ポリスの執行人』(平野 尚紀)
『メアリがいた夏』(山本 エレン)