東京都新宿区歌舞伎町で行われた「北斎・英泉 艶くらべ ー歌舞伎町花盛りー」の記者会見では、葛飾北斎と渓斎英泉を並べて見せる理由に加え、歌舞伎町で春画を展示する意味や、《蛸と海女》を系譜の中で見せる意図が語られた。
本展は2026年4月4日から5月31日まで、新宿歌舞伎町能舞台とBONDを会場に開催され、北斎と英泉の春画を軸に約100点を紹介し、《蛸と海女》を期間限定で特別公開する。
Contents
春画は「サンプリング」「カットアップ」「リミックス」

記者会見でまず印象に残ったのは、春画を単なる性的図像としてではなく、神話や伝説、古典、先行作品を引用しながら描き継がれてきた表現として捉える視点だった。
この春画の文化は「サンプリング」「カットアップ」「リミックス」にも通じるものだという。同じ題材が複数の絵師によって描かれ、そのたびに構図や表現が更新されていく。その面白さは、現代のアートの感覚と何ら変わらぬものではないだろうか。今回の展覧会は、春画を文化として見直す入口にもなっている。
《蛸と海女》と、その系譜をたどる

本展の大きな見どころのひとつが、北斎『喜能会之故真通』より《蛸と海女》の特別展示だ。展示期間は4月4日から12日、5月1日から10日までの二期に分かれている。会場では、この作品だけでなく、その系譜をたどる展示もあわせて構成されている。

北斎の有名作として単独で眺めるだけでなく、その前後にある図像の流れごと見ていくことができる。《蛸と海女》のモチーフが北尾重政や勝川春潮らの先行作、さらに『日本書紀』の「海女の玉取神話」にまで遡る流れの中で展示されている。

会見でも、同じ題材が複数の絵師によって描き継がれてきたことは、独自性の欠如ではなく、「自分ならどう描くか」「自分の方が上手く描ける」という絵師たちによる創作文化の一部として捉えられていた。よく知られた図像を、ひとりの天才の名作として固定せず、連なりの中で見せること。それ自体が、本展の重要な企画意図になっている。
浦上満のコレクションが支える背景

この展覧会の重みを支えているのが、監修を務める浦上満の存在だ。浦上は浦上蒼穹堂代表として古美術を扱い、2013年の大英博物館での春画展に協力し、2015年の永青文庫での春画展開催にも尽力してきた。今回の展示も、浦上満のコレクションを軸に構成されている。
会見では、若い頃に海外で入手した春画を日本へ持ち帰ろうとした際、税関で持ち込みが認められなかった経験にも触れた。また、大英博物館での大規模な春画展の後も、日本国内でそれを広げていく難しさがあったことを振り返っている。今回の展覧会は、春画を日本でどう見せるかという長い模索の先にある試みとして読むこともできる。
そのうえで浦上が強調していたのは、《蛸と海女》など有名な春画だけに価値があるわけではないということだった。実物を見ることの強さ、北斎と英泉に絞ることで特化し、立ち上がる違い、そのどちらも、今回の会見では繰り返し示されていた。
歌舞伎町で春画を展示する意味

企画を担う手塚マキが語ったのは、Smappa!Groupとして歌舞伎町から日本文化を発信したいという思いだった。「新宿歌舞伎町春画展WA」は、歌舞伎町から日本文化を発信することを目標に掲げるシリーズ企画で、「和」「輪」「笑い」の意味を重ねた「WA」という名前にも、その思想が表れている。
会見では、春画も歌舞伎町も、一見するとラベリングされやすい存在だという感覚が語られた。だが、踏み込んで見ていけば、どちらにも人間臭さや奥行きがある。そうした点が、歌舞伎町から文化を発信するという自身の思いを、春画という題材が代弁してくれるように感じているという。今回の会見で見えてきた大きな視点のひとつは、まさにそこにある。
「歌舞伎町秘宝館」にはしないという意思

春画が長く「秘宝館」の文脈でも見られてきたことを踏まえると、歌舞伎町で春画展を開く今回の企画は、放っておけばショッキングさや卑猥さだけが前に出る危うさも抱えている。浦上が会見で繰り返し示していたのは、まさにそこへの警戒感だった。ここを「歌舞伎町秘宝館」にしてはいけない――。そうした意思のもと、本展では状態のよい実物を、美しいものとして、作品として見せることに細心の注意が払われている。春画を見世物として消費させるのではなく、人間の可笑しみや欲望、美意識の表現として、アート作品として対面させる。そのための展示設計が、この企画の根底にある。
林靖高が会場構成を担う意味

その展示思想を視覚的に支えているのが、アートディレクション/キュレーションを担う林靖高の存在だ。林はChim↑Pom from Smappa!Groupのメンバーで、東京を拠点に多様なメディアを横断しながら活動し、2022年には森美術館で回顧展を開催している。
Chim↑Pom from Smappa!Groupは、都市、公共性、境界などをめぐって社会に介入するプロジェクトでも知られるアーティスト・コレクティブだ。2022年には、森美術館での展覧会協賛をめぐってSmappa!Groupからの申し出だけが断られたことへの異議申し立てとして、グループ名そのものに「from Smappa!Group」を加えた。そうした背景を持つ作家が、歌舞伎町で春画展の会場構成を担っていること自体にも、この企画の立ち位置が表れている。
会見で林は、春や桜の気配、上品な色味に加え、歌舞伎町らしい華やかさやホストクラブのバースデーイベントにも通じる空気を重ねたことに触れていた。
記者会見で見えてきた、「春、生きろ」の輪郭

記者会見を通して見えてきたのは、この展覧会が北斎と英泉の作品を並べることでも、センセーショナルに春画を見せつけることを目的にしているのでもない。その違いを通して、春画という文化をどう読み直し、歌舞伎町という場所でどう開いていくかを問い直す企画だということだった。
《蛸と海女》の特別展示も、浦上満のコレクションも、林靖高による会場構成も、すべてはその問いに向かっている。歌舞伎町という街の濃さに頼るのではなく、その場所だからこそ見世物化を避け、春画を神話や引用、再構築の文化として、そして人間の可笑しみや欲望、生命のエネルギーの表現として見せようとする。その輪郭が、この会見でははっきりと言葉になっていた。
今回の展覧会で繰り返し浮かび上がっていたのは、春画を単なる性の表現としてではなく、人間の生の衝動として捉える視点だった。創作への執着も、欲望も、春という季節の高まりも、すべてが「生きること」の一部として響き合っている。その感覚は、本展で掲げられた「春、生きろ」という言葉にも重なって見える。
登壇者プロフィール

浦上満(監修)
浦上蒼穹堂代表。2013年の大英博物館春画展や2015年の永青文庫での春画展開催にも尽力してきた古美術商。

手塚マキ(企画)
Smappa!Group会長。歌舞伎町でホストクラブや飲食店、書店、介護事業などを展開し、街の文化発信にも取り組んできた。

林靖高(アートディレクション/キュレーション)
Chim↑Pom from Smappa!Groupのメンバー。国内外で活動するアーティストとして、本展の会場構成を担う。
本屋しゃん(プロジェクトマネージャー/キュレーション)
本記者会見の進行役を務め、本展の概要と見どころを説明した。
本とアートと落語を軸に、さまざまな文化や好きを「つなぐ」在野のイベンター/キュレーター/執筆家。
開催概要






















葛飾北斎・渓斎英泉 艶くらべ ー歌舞伎町花盛りー 新宿歌舞伎町春画展WA
会期:2026年4月4日〜5月31日
前期:2026年4月4日〜4月30日
後期:2026年5月1日〜5月31日
※作品保護のため、一部展示替えあり。
会場(2会場での回遊型開催):
1.新宿歌舞伎町能舞台(総合受付)
東京都新宿区歌舞伎町2-9-18 ライオンズプラザ新宿2F
2.BOND
東京都新宿区歌舞伎町1-2-15 歌舞伎町ソシアルビル9F
BONDは能舞台から徒歩約1分
開館時間:11:00〜19:00
夜間開館:毎週金曜・土曜 11:00〜21:00
(最終入場は閉館30分前)
最終日:5月31日のみ17:00閉館
特別展示:葛飾北斎《喜能会之故真通》より《蛸と海女》
特別展示期間:
4月4日〜12日
5月1日〜10日
チケット:日付指定制
料金:
前売券 一般1900円/学生1300円
当日券 一般2200円/学生1500円
備考:
18歳未満入場不可
当日空きがある場合のみ予約なし入場可
障がい者手帳・指定難病受給者証所持者と介添者1名は無料
来館当日に限り2会場間の再入場可
最新情報、チケット予約、展示詳細は公式サイト:https://www.smappa.net/shunga/